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【シリーズ第1回】その悩みは本当に「病気」?発達障害と発達障害「もどき」

  • 6月10日
  • 読了時間: 5分

こんにちは。


たるみの番人・いまかどです。



今日はたるみ、エラ張りといった美容鍼灸の話ではなく、子どもの発達についてです。



発達障害?グレーゾーン?



なんだか育てづらい。


私も生きづらい



みんな違ってみんな良い。

人と違うことを認めてもらえた。


でも、その先はどう?

何か変わった?


ちょっとなんとかしたい。


そんなあなたの手助けになれば…と思い書きました。




かなりのボリュームになるので

シリーズ化してお届けします。


いまかどの失敗も参考にしてみてください。


では本編スタート!


まず最初に。


私は発達障害を否定するつもりはありません


発達障害という概念によって救われる人もいます。


診断によって適切な支援につながる人もいます。


昔であれば


「変わった子」

「落ち着きのない子」

「やる気のない子」


と片付けられていた子ども達が、

理解され、支援を受けられるようになったことは良いことだと思っています。



ただ、それでも一つの疑問が残るのです…





1.なぜ発達障害は増えたのか



私が子どもの頃にも、今思えば発達障害だったのかもしれない子はいました。


授業中に座っていられない子。


忘れ物が異常に多い子。


勉強はできるのに空気を読まない子。


体育と音楽は一緒に授業を受ける子。


興味のあることには異常な集中力を発揮する子。


当時は、今ほど発達障害という概念が一般的ではありませんでした。




現在はどうでしょう。


発達障害という言葉は広く知られるようになりました。



学校現場の理解も進みました。


支援制度も充実してきました。


診断を受けるハードルも下がっています。


その結果として、発達障害と診断される子どもは増えています。



発達障害は増えたのでしょうか。


それとも、昔は見逃されていたものが見つかるようになったのでしょうか。


おそらく答えはその両方だと思います。




しかし私の違和感はそこではありません。


 


2.支援は増えた、結果はどうなったのか?



発達障害への理解は進みました。


支援制度も増えました。


学校現場の知識も増えました。


これは間違いなく良いことです。


ただ私は一つ気になることがあります。


支援は増えた。


理解も広がった。



では、子ども達の悩みは減ったのでしょうか


親の不安は減ったのでしょうか


生きづらさは改善しているのでしょうか。


不登校は増え続けています。

(娘の卒業式の際には、不登校生徒の多さに驚きました)


精神的な不調を抱える子どもも増えています。


発達障害と診断される子どもも増えています。


もちろん診断されること自体は悪いことではありません。


私が気になるのはその先です。


診断された。


支援を受けた。


その結果、その子は生きやすくなったのだろうか。


大人になった時、社会の中で困りごとは減っているのだろうか。

ズバリ申し上げれば、答えは「否」だと思います。



問題を許容し、一時停止をして、結果を先送りにしているだけなのではないでしょうか。


私には良くなったように見えないのです。






3.発達障害だけの問題なのだろうか


発達障害の有無に関係なく、若者全体を見ても生きづらさを抱えている人は少なくありません。


社会に出てすぐ離職する人。


人間関係でつまずく人。


失敗を極端に恐れる人。


叱責を受けただけで立ち直れなくなる人。


もちろん理不尽な職場や環境の問題もあります。


しかし私は、それだけでは説明できないような気がしています。


もしかすると発達障害だけを見ていても答えは出ないのではないか。


もっと大きな共通点があるのではないか。


そんなことを考えるようになりました。




4.体は育つ。でも「心」は育っているだろうか



現代の子ども達は昔より栄養状態が良い。


安全な環境で育っています。


便利な物にも囲まれています。


身体は確実に育っています。


しかし心はどうでしょう。


私は、


身体は栄養で育つ。


しかし「心」は経験で育つ。


と思っています。


転ぶ。


失敗する。


恥をかく。


悔しい思いをする。


工夫する。


挑戦する。


そういった「経験」を通して、人は少しずつ精神的な強さを身につけていくのではないでしょうか。



※ここからは誤解を生む恐れがある為、かなり言葉を選んでいます。「何を言いたいのか良くわからない」方もいらっしゃるかもしれません。



私は現代教育を否定するつもりはありません。


読み書き計算も大切です。


学力も必要です。


ただ、偏差値や知識を育てる仕組みが発達した一方で、精神を育てる経験は減っているのではないか。


そんな疑問を持っています。



だから私は息子で実験してみることにしました。


もちろんこれは私の仮説です。


証明された話ではありません。


だから我が家では実験をしています。




アスレチック。



魚釣り。

畑。


田植え。


自然の中で遊ぶこと。


身体を使うこと。


不便を経験すること。


五感を使うこと。


そんな時間を意識的に増やしています。


発達障害をなんとかしたい!と思ってはいますが

今はそういう話ではありません。



ただ、発達障害を理解するには今の説明だけでは足りない部分があるような気がしているのです。


身体を動かし、感覚を使い、失敗しながら成長する中に、何かヒントがあるのではないか。


そう考えています。





おわりに


私は発達障害を否定しません。


診断も支援も大切だと思っています。


ただ、それらは人間が作った枠組みです。


そして枠組みには限界があります。


足りない部分がある。


だから私は、息子にとって足りない部分を見たいと考えます。



何に夢中になるのか。


何が苦手なのか。


何に才能があるのか。


どんな環境で生き生きするのか。



その答えは本人の中にあるような気がします。



次回は、


「偏差値教育で育つもの、育たないもの」


について考えてみたいと思います。

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