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株式会社ヒトボディ第五話〜表情筋課 咬筋グループの苦悩〜「えっ?筋肉なのに俺たちだけ24時間体制なんですか?」

株式会社ヒトボディ──その顔面支社、表情筋課の中でも、特にブラックな噂が絶えない部署がある。それが、咬筋グループだ。


「また夜勤かよ……」

リーダーの咬地(こうじ)主任が、どんよりした目で書類をめくる。彼の部下たちも、会議室でぐったりしていた。


笑顔担当の頬筋チームは昼間の業務でくたびれているが、定時後には帰れる。


ところが咬筋グループだけは、夜も、眠っている間でさえも休めなかった。

「昼は食事サポート、夜は食いしばり対応……これ、どう考えてもブラックじゃね?」

若手の噛田(かみだ)くんがぼやく。

「ストレス増えると、みんな無意識に噛むんだよなぁ……夜勤手当、もらえるんスかね?」


「ないよ、うち……善意残業だ。」

咬地主任が肩をすくめる。善意残業──それはヒトボディ社に蔓延する、美しくも過酷な労働精神だ。


その日の夜も、地獄のようなシフトが待っていた。眠る社員のストレスレベルが異様に高く、咬筋グループには「無意識食いしばり」対応の緊急出動が続いていたのだ。


「噛みすぎ警報、また発動!」アラームが鳴り響くたび、咬筋たちは現場へ駆けつける。

寝ている社員の奥歯にかかる、異常な圧力。それを受け止める咬筋たちの体には、徐々に限界が近づいていた。

「もう無理だ……俺たち、壊れる……」


噛田くんが崩れ落ちた。


彼の筋線維は、細かい断裂を起こしかけていた。

咬地主任は、苦渋の決断を下した。

「……脳幹本部に、直訴するしかない。」




翌朝。咬筋グループは連名で、緊急労働改善要請書を提出した。


【夜間食いしばり対応について】

・24時間体制の是正

・ストレス発生源への働きかけ

・リラクゼーション支援の導入



その訴えに、顔面支社長の脳幹次長も動かざるを得なかった。

緊急会議が開かれる。表情筋課だけでなく、ストレス管理部、睡眠衛生課など、各部門が召集された。

「咬筋グループの負担軽減は、会社全体の課題だ。」脳幹次長が宣言する。





数日後。会社全体で「ストレス対策プロジェクト」が発足した。


・昼間のストレス軽減プログラム

・夜間リラクゼーション強化


少しずつ、夜の咬筋グループに平穏が戻り始めた。


噛田くんも、ようやく真っ直ぐ立ち上がれるようになった。

「主任……夜、ちゃんと休めるって、こんなに嬉しいんスね……」



「当たり前のことが、どれだけありがたいか、俺たちは知ってる。」

咬地主任は、静かに笑った。

そして咬筋グループの休憩室には、今日も新たな標語が掲げられている。


【無理な噛み締め、人生の締め付け】〜ほどけ、ゆるめろ、咬筋たち〜



夜明けの空を見上げながら、彼らは今日も静かに、そして柔らかく、口元の平和を守っていた。



今回のストーリーはいかがでしたか?


次回も咬筋グループが舞台です!

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